2014年7月11日金曜日
体が風邪をひきたがる
昨年あたりまでは、健康系の本をいくつもよみました。
結果的に、病気は自分の体が治すものという事を学びました。
そして、風邪というのは、体調を整えるために体がそれらの菌などを受け入れる
という考えも学びました。
正しいとか正しくないとかはどうでもよくて、慧海からすると、病気になるほど、
体が正常ではないということを、体感的にうなずけてしまったのだから、
理屈はどうでもよくなってしまいました。
たとえば、むくむというのは、日常のなかで気づくものです。
それが何日も続くと、体調が悪くなってしまいます。
お腹がすかないとか、吐き気がするとかで症状がでてきます。
それでも体に負担をかけると熱をだします。
慧海は熱を出すと食事をとらなくなります。
温かい飲み物をのむだけで、食事はとりません。
熱が出るような時はお腹もすかないので、特にこまりません。
そんな感じで、今回の風邪も食べないで過ごしました。
結果、血圧もひくくなって、降圧剤をのんだらやばそうな数値になりました。
1週間野菜ジュース生活をしたら、血圧が正常値になりました。
今日、主治医にきいて、降圧剤ものまなくてよくなりました。
数ヶ月前の体重と比べて10kgほど体重も減りました。
体を壊すたびに体重がへってます。不健康な痩せかたですね。
きっと、その体が維持しにくかったんでしょうね。
今回の風邪でさらに食べ物をよく噛むようにもなりました。
体はなるようになってます。体は自然のものなのだなぁと感じます
2014年6月22日日曜日
西洋的教育
慧海の飲み仲間に帰国子女がいます。
彼の娘は、日本で生まれ、日本で育っている小学生ですので、
「皆が…」という事をいい、皆と同じであろうとするようです。
その娘にかれは、こういって教育するそうです。
あなたは誰ですか?まさに道徳です。
そうですね。○○□□さんですよね?
○○□□さんは、世の中の誰でもない○○□□さんですよね?
○○□□さんは、そのお友達ではないですよね?
○○□□さんとして、そのお友達とどうおつきあいしていくかを考えなきゃいけません。
友達は、自慢をきいてもらう為とか、一緒にいる為に居るわけでもないですね?
○○□□さんは、どうしたら良いと思いますか?
自我の育成だと感じました。
こうやって、「私」をつくっていくんだなぁと関心しました。
自分を強くえがき、自分を抑制し、他者に親切であるように訓練されていくようです。
こうやって育てた娘は、
「私は○○△△と◎◎の娘、□□です。お父さんが心配するような事はありません!」
と発言したんだそうです。
ちなみに彼は、ドラゴンを倒し財宝を手に入れる事を夢見るタイプだそうです。
四季の花々が咲きほこる場所で人々が仲良く踊るような夢はみないそうです。
日本の逸話で、龍を倒して宝と姫を手に入れるのはヤマトタケル尊位ですからねぇ。
西洋には西洋の、東洋には東洋の思想がそれぞれあるのだとつくづく感じます。
慧海は、「”私”は自分がつくってきた虚像」であり「全ては認識の問題」と感じてしまった事で
今までの価値観を失って、頼るものがなくなって・・・勉強をすることになりました。
自分で自分を作りそこにとらわれる自我を我執というのだと後でしりました。
今は偽西洋文化ですので、我執ばかりが育ちます。
西洋の宗教、逸話で育たない私たちは自我が我執にしかならないのかもしれません。
2014年6月11日水曜日
老化を受け入れられるか?
42歳ですが、老眼が始まりました。
元々視力は良く、20代は、2.0でした。
機械化されて、1.5までしかわからなくなりましたが、今でも1.5はあります。
でも最近、近いところの焦点があいません。
つめを切ろうとすると、ぼやけます。
実家で老眼鏡をかけてみたら、焦点が合う事がわかりました。
目の筋力の低下だといわれると、なんか努力して低下をおさえたくなります。
また、目の筋力低下にともなって、斜視がでてきました。
ちょっと気を抜いた目をすると、左目がどっかちがうところを向いてしまいます。
斜視の人の目をじっとみるのは悪い気がしますが、話をして目を合わせれば気づくものです。
僕もきっと、そういう感じで気を使われる日がくるのでしょう。
髪の毛が薄くなっていったり、足腰がよわくなったり・・・
色々とでてくることだと思います。
健康の為にも筋力をつけたいところですが、老化は受け入れるしかありません。
だからといって、寝て過ごすわけにもいきません。
どこまで抵抗して、どこは受け入れればいいのか・・・
これから学んでいくことなんでしょうね
2014年6月4日水曜日
誕生日は苦しみの始まり
昨日は、慧海の誕生日でした。
誕生日は有給取得推奨日になっているので、休みをとってましたが
仕事の事があって、アセアセ、イライラした休みになってしまいました。
せっかく誕生日なのに
家内はそういうのですが、なんだか頭が騒がしい。
蝋燭に火をともし、静かに手を合わせて念仏をしてみると、頭の騒ぎがすこし落ち着きます。
そうこうしていると、ふと思いました。
一切皆苦、生老病死…
ああ、誕生日って苦しみの始まりだったんだ
じゃぁ、誕生日に家でイライラしてるのもおかしな事じゃないじゃんw
誕生日は特別な日です。
生まれてきた事に特別な意味なんてありませんが、
ヒトとして生まれ、大切な事を知り、人になり、
苦しみの人生を満足しながら死んでいく、そういう事を体験できる
そういう事の始まりの日です。
喜ばしい事です。
ありがとうございます。
追記
頭の騒がしさから逃げる為の様々な行為に走ることよりも
静かに手を合わせたほうが、頭は静かになります。
欲求、煩悩からくる苦しみから逃げる事をせず、
それらと共に人生を歩むとしましょうw
2014年5月31日土曜日
スルスルかけるペン
亭主師の、太字ポールペンでスルスル書くという記事をみて思い出しました。
力を入れないでスルスル書く道具である万年筆を、ダイブ前から会社の人に薦められてました。
慧海には「私のこの一本」みたいなコダワリをもった万年筆好きな人たちが
飲み仲間の同僚にいます。
彼らは「一本会」と自分たちを名乗り、お気に入りの一本を持ち歩き万年筆のよさを伝えます。
そのよさを教わり、使ってみようかと思うのですが、つかってみたこともないので、
どういうものをチョイスすればよいのか悩みます。
ボールペンでいえば、極細が好きで、太いのが嫌いなのですが、
一本会は太字派ばかりでなかなか参考になりません。
ベテランのアドバイスもきいてみたいのですが、一本会 会長は、震災の関係で
仙台に異動してしまって、気軽に万年筆探索にはいけない状況でした。
その一本会 会長が6月から東京勤務に戻ることになりました。
異動して、ご両親の生活安定に向けては良かったんですが、
仕事の関係で、適応障害を起こし、休職してしまいました。
今回復職にあたって、東京の部署に復職ということになったようです。
壊れて、休んで、自分の頭の声が聞こえるようになって・・・復職。
慧海と同じ方法ですが、メンタルヘルスには有効な手段のようです。
戻ってきた彼から万年筆のうんちくをききながら、酒を呑むのもよさそうです。
もしかすると、壊れる前よりコダワリがなくなってしまっているかもしれませんが・・・
2014年5月30日金曜日
正しいという間違い
記事がつい長くかいちゃうので、短く分かりやすくかきたいものです。
自分が正しいって信じている人との会話は疲れます。
正義の人はそのルールに合わない人を受け入れません。
受け入れないだけか、攻撃します。
なぜなら、相手が間違えているからです。
正しい事をするという欲望にかられて、間違った事に嫌悪します。
そして、自分を振り返る事がありません
こういうのを、貪欲・瞋恚・愚痴 の三毒というんでしょう。
誰かがルールを破ったとかで、注意しようと思ったら、自分自身に要注意です。
それは、正義という名の煩悩に支配されただけかもしれませんよ?w
2014年5月27日火曜日
奴隷でいいんじゃない?
「お客様は神様です」
日本の商業文化を代表する言葉ですよね。
CSといって顧客満足度を高めようという事を多くの企業がやってますが、
そのCSの大家は日本の商業文化をヒントにCSを考えたらしいです。
そんな日本の商業文化は、どんどん消えていってしまうように感じます。
日本の労働というか、多くの行為は、神事と密接な関係にあるらしいです。
農耕系でも狩猟系でも、神様からの頂き物という考えがあり、神様に仕える行為だと。
だから、根本的に仕事をする事が好きな民族なんだそうですよ。
それに対しキリスト教系の文化では、労働は原罪にたいする罰だと考えるようです。
また、羊飼いな文化においては、労働者は羊と同じだそうです。
犬に追わせて、狙ったとおりの道を歩ませて、育てて、食う。
そういう文化だそうです。 偏っった意見でしょうけどねw
そういう文化の違いをグローバル化という事で統一しようとする動きもあります。
ユーロのように統一しちゃうと、各地の差が吸収できなくなって困る事になるそうですが、
なぜか統一という理想を追い続けるようです。
そういう思想に侵略されると、企業の中でも統一を始めて、結果、君主が現れます。
「あなたのお客様は誰ですか?」
こういう質問は企業内では良くきくことばです。
特に間接部門で問われると、悩む質問です。
統一化君主がいるところでは、お客様は君主様になるようです。
彼が満足するものをもっていかなければ、自分の評価が下がる…。
社畜という言葉もありますが、まさに奴隷の根性です。
ご主人様のご機嫌とって、期待に答えていれば、食事の心配はない。
安定した暮らしが奴隷にはあります。元々働くのが大好きな民族ですから、神様のためじゃなく、君主のために働く
それだけの違いなんですよ。
セッセとはたらいて、お給料を少しでも多く、周りの人より早く偉くなって…
慧海はそういう生き方が苦しくて出来なくなってしまいました。
ホント苦しい。
もういや・・・。
おなじ仕事なら、目の前で苦しむお客様に仕える仕事がしたい・・・。
でも、ローンや、家計を考えると、奴隷以外の道を選ぶ勇気はありません。
何が正解とかはわかりません。慧海にわかろうはずもない事でしょう。
その現実から、逃げ出さず、受けていくしかないのだろうと思います。
慧海の思いが、慧海を苦しめても、唯、今を頂きながら生きるしかないのでしょう。
違う道に行くときは、そういう風になっていくものなんだと思います。
登録:
投稿 (Atom)