2019年1月12日土曜日

サイトリニューアル


 この度、3度目のサイトリニューアルをしました。旧ブログ「西を求める旅の記録」からBloggerでの「西求記」で今回タイトル変更です。過去の設定自体消えてしまうので、途中にサブタイトルとか見た目とかは変えていたはずですが、もうわからなくなってます。

■なぜ、リニューアル?

 アーカイブを見ていただければわかるように、もう何年も記事が書けないでいました。その時、その時に思っている事はあるものの、それが記録できないのです。

 1つは、色々と考えていて、ネタがある時は深く
自分と向きあう気力がないんです。
 ただただ、アニメだ、マンガだ、ラノベだとかに逃避して、
頭に浮かぶ様々な事がらを放置しつつ、仕事をこなす日々を送ります。週末のどちらかはほぼ布団の中…なんて日々を送ってました。

 もう1つは、以前と違って思い自体が消えてしまうので、時間ができ、気力も沸き、さぁ書こうと思った時にはネタがないのです。

 その結果、ここ数年間、慧海の中で何があったかが残ってませんでした。書けないなら書けないなりに、何を思っていたかをもうちょい残しておけばよかったかなと思い、この度のリニューアルを行いました。

■どんなこと書こうかな

 もう、西を求める旅をしてないんですよね…。なので、その時期にあった出来事と、それらをどうとらえたかを記録していくものにしていこうかと思ってます。弥陀佛のお育て力のおかげか、ずいぶんと物事の見方が変わってきたなぁとホント思います。

 うつ病は完治したものの、心身性の高血圧があるので精神科は通院が続いてます。季節や仕事量やらで自律神経がすぐ狂います。人と話しをした時間が多いと疲れ、誰とも話をしないでいると元気になります。そのあたりの疲れ具合も記録しておこうと思ってます。

 書くかもしれないし、かかないかもしれません。そんなブログのつもりです。


2019年1月4日金曜日

今年もよろしくお願いします。


ほとんど記事をかいてませんが、今年もよろしくお願いします
年末から風邪ひいて、寝正月の慧海です

昨年は、何か毎月書けるものを題材にと思ってみたのですが
ネタを整理するために、一年分を洗いなおしたら、
書けなくなってなってしまいました。

振り返ってみる2018年は、物事の見方が変わってきたと気づいた年でした。
なんでも穏便に、楽に、争わずにという事をとても重要視してました。

共同著作の本の発売がきっかけで、講師とかして、転職のお誘いも
頂けたのですが、「もっと」という欲が鬱陶しく感じ、
何かを求めて騒がしくなる事を避けたい、今のままで十分だよ
という思いの方が強くでてました。

そんな感じの心の反応が、数度ありました。

また、怒りがあまりでてこなくなりました。
以前は、プライドが高かったので、バカにされたと思えば怒ってましたし、
思い通りにならないからと、損したからというので、怒ってました。
今は、他者の目は昔ほどきにならないし、
相手には、相手の考えがあるし、
約束を反故にされても、具体的な被害がなければ
まぁいいかなって思うようになってます。
そもそも、相手に何かを求めないような思考になってます。

怒りが出てくるときは、
好が遠のく か、嫌が近づく 時なので
何を好き嫌いしたのか、知るのにちょうど良いです


2018年は、ネットでアニメ&マンガに加え、ネットでラノベも加わり
眠ってるか、仕事してるか、食事や風呂等の活動以外は、
上の3つの2次元もののどれかに逃避してました。

これらのストーリーもののどれもが、慧海にとっては「人」が書かれた
仏典のような見方に変わってきてしまいました。


自分の思いに執着して、欲と怒りを振り回す話ばかりです。
敵役ばかりが欲に溺れたように描いているものも多いですが、
主人公側も自分の価値観に合わないものを怒りで排除してるので、
どちらも一緒です。
ツンデレキャラやら、思い込みやらでできてるラブコメも
面倒くさいというか、鬱陶しいというか、人間の弱さばかり
気になってしまって、普通には見れないです。
社会人のドラマも、ドロドロしてて、普通に楽しめないです。


なので、単純に楽しめる作品が減ってきてしまいました。
欲が小さく、素直で、他者との協調を求めるようなものだけです。

ラノベは特に、途中までは良かったのに…という作品も多いです。

そんな感じで、日々過ごしてました。

今年も、ダラダラと無気力に、2次元に逃避しつつ、
お育て頂くつもりです。


2018年4月15日日曜日

慧海になる前を振り返り 4月

過去の振返り4月版です。
3月かけたなかったんで、連続です

2006/4

1月にかってもらったお客様からデータもらいに1日おきに通う日々
をしてました。
訪問すれば、なんとか担当さんが作業してくれるので、朝訪問して
欲しいデータの確認と調整を行い、前回頂いたデータでサンプル確認
をして、その日の夕方までに、確認したデータを送ってもらう約束を
するという日々でした。

細かく詰め始めたら、受注した要件に大幅な機能不足が発覚し、
ソフトベンダーに情報もらいつつ、なんとか解決するよう、
毎日バタバタと作業してました。
色々とおかしくなっていたので、誰かに作業を頼むこともせず、
一人で背負い込んでは、眠れなくなって、翌日寝込んだり…

眠れない為、夜の2時頃にテレビをつけたら、アニメがやってました
深夜アニメがあることはしってましたが、今まで見たことはなく
深夜アニメ枠のものはケーブルテレビでの再放送程度でした
1本終わると、また違うチャンネルで別のアニメが始まるという感じで
夜中すげーな って思いました。

この後、この深夜アニメにドはまりしていくんですが…
それは5月の振返りで


2007/4
この年の桜が何月に咲いたかわかりませんが、休みをいいことに
花見にでかけていた記憶があります。
王子、浮間、見沼、大宮 あたりが比較的近くの花見スポットなんで、
子供の休みの間にでかけていたはずですが…この年の記憶かがあやしいです

桜が終わったあとには、また、寝瞑想です
自分がどうしてこのように考えるのか…を考えている間に、
自分が他人に期待される自分を演じていたという事に気づき、
色々と何かが壊れ、色んな価値観に疑いを持ち、無気力になり、
自殺願望に取りつかれたました

これは、いまでも抜けきらないです。

今では、仏教徒として最初の良い体験だったんだと思ってます
この時の体験がなければ、内観の念仏なんてしなかったんだと思います


2008/4

花見と散歩をしていたんだろうと思います
自己の観察には、散歩は良いです
桜は諸行無常を感じさせます。
感情に振り回されつつ、社会に戻ることを考える日々が
この後も、ずっとつづいていきます

2018年4月14日土曜日

慧海になる前を振り返り 3月

過去の振返り3月版です。
過去を振り返ることで、記憶から記録にしてしまおうかと思ってます。
梅と桜と、季節の変わり目鬱で、振返りが今更になってしまいました


2006/3
1月に買ってもらったお客様の担当者がなかなか動いてもらえず、
リスケ続きで動かず困ってた時期です。
社内では、パワハラ話しでギスギスしてたりで、色々やりにくかった
覚えがあります。

そんな中、なんか色々あって、不眠になり、地元の内科でデパスがだされ、
その薬の効果があった為、医師から心療内科を受診するようすすめ
られました。
精神系の病気なんだな…と、がっくりしながら病院をでると、
そこに桜並木があり、小雨が降る中に咲く桜がものがなしく
泣きたくなった事をおぼえています

この年の桜は、なんども家族で色々とみてまわり、
ただ、桜のものがなしさと華々しさをながめてました。

それ以来、桜に執着してしまってます

2007/3
季節の変わり目は、毎年気分がふさぎ込みます。
この頃は特にひどかった時期なので、まったく何してたかわかりません。
寝瞑想とよんでいた自己観察をしていたんだろうと思います。
宝彩有菜さんの本よむのは、このころかもしれません。
その本に影響されて、自分がどのような自動判断をするかとか、
どういう言葉に影響されているかを見始めていたと思います

多分、桜がさいた晴れた日には、家族で花見にでたんだろうと思います

2008/3
復職から2か月たち、なんとか仕事に戻ろうと、色々としている時期
だったと思います。
とはいっても、頭が回らないしすぐ疲れるしで、たいした事はできて
なかったんだと思います。


2018年2月25日日曜日

慧海になる前を振り返り 2月

過去の振返り2月版です。
過去を振り返ることで、記憶から記録にしてしまおうかと思ってます。


2006/2
普通に、自己評価があがるよう日々頑張ってた思います。
今となっては、この頃のように無自覚に自分の見栄で
頑張るような事はできないですね。

2007/2
休職して2か月です。
この頃がどんな状態だったかあまり覚えてません。
たぶんほぼ寝てて、起きてる間は心理学系の本読んでるか
アニメみてるか、音楽やネトラジきいてたと思います。

家内に鬱な陰気を祓えって言われて、子供と一緒に
家中を豆まきしてたのを覚えてます。

2008/2
復職しけど、頭が回らず若手の作業手伝ってました。
日々自分の反応を観察していようとしてました。
2005年以前の自分と比べては、イラつきながらも、
その感情を手放そうとしてたと思います。


2018年1月27日土曜日

慧海になる前を振り返り 1月


慧海が慧海になってまる10年が経ちました
今だからこそ10年前の慧海になる前の慧海を振り返ってみることにします。

■2006/1

やっと案件がとれて、新製品の初担当としてやる気に満ちてました。

2015年春に、前の部署で大赤つくった責任とらされて、全然違う仕事に変わってから
何の成果もだせず、15年9月に重症高血圧で喫煙禁止を医師に言い渡されてから
喫煙という休憩がとれず、定時後の酒飲み相手もおらずで精神的に疲れてたころです。
義理の父が足を切って歩けなくなったのもこの時期でした。

やる気があった分、気の持ちようでなんとかなると、空回りしてました


■2007/1

休職して一か月たったところです。

12月一か月間ほぼ寝てた為、急に元気になって、寝室を引きこもり部屋に改造
してました。
ベッドの足元にテレビとケーブルのSTBおいて、枕元にスピーカです。
あと、タイムスケジュール表作って狂ったようにアニメ見てました。
それ以外は何してたか覚えてません。寝てたんですかね。
車は家内から運転禁止にされてましたが、自転車で出かける気力もなかったです。
復帰できるよう図書館から本借りて勉強し始めたのは、1月かなぁ
鬱にはアドラー心理学が良いと聞いて、日の当たる階段のところで読んでました

あとは、真っ暗な部屋で眠れない夜を、ネットラジオきいたり、
お気に入りbestアルバム聞いて過ごしてました


■2008/1

復職したんだっけかな?
直前だったんだっけかな?

このころはもうブログ書いてたんで、過去ブログ見てね。

2018年1月21日日曜日

秩父の札所巡礼 10日目


前回、34番札所までは行ったものの御朱印をいただかなかったので、
今回は33番のお参りと、34番の御朱印を頂きに行く予定です。
時間に余裕があるので、今回は観光も兼ねます

■氷柱見学とようばけ見学
秩父に向かう途中、あしがくぼで氷柱が見れるとあったんで
見てきました。
水をかけてつくってはいるものの、なかなかに良い感じです。
入場チケットで甘酒か紅茶を頂けるのもありがたい。
夜はライトアップしてるらしいが、カップルで賑わいそうな感じ。
氷柱と電車の写真を時刻表みつつタイミングみて写真とったりしてたら
思ったより時間使ってしまいました。

時間つかっちゃったので、道の駅で名物のうどんとかたべて33番へ
33番札所に向かう途中、「ようばけ」と呼ばれる地層がよくみえる崖が
あります。しらないと、採石場で山肌が出てる程度にしか見えませんw
化石とかでるし、地質学的にはすごいとこらしいです。
でも、知識なしで遠くから眺めてても、すごさがわかんないですね。
時間があればふもとの化石館みたかったんですが、時間なくてスルー。

■33番、34番で巡礼終了
そんなようばけをあとに、33番札所へ。

このお寺の本堂には、土間がありました。
なんか不思議な感じのお堂でした。
お参りして、御朱印いただいて34番へ

前回山越えをして、かるくお参りしただけなので、今回は木魚も
使ってちゃんとお参り。
友人Tは、般若心経を納経し、笠と杖も納めてました。

そして、長命水飲んでから、最後の御朱印頂きました。
御朱印いただきながら、話し好きなお坊さんから、こんな話を…

親と一緒に小さい歩いて回ったお子さんの願いが
「さばみそになりたい」だった とか
32番札所の奥の院、あれだけ危なそうなのに、事故がない
とか

きいてました。

■32番と酒蔵見学
34番おわったんで、最後に32番へ。
友人Tが落とした数珠の確認と、本堂からお船観音を仰ぎ見る為です。
数珠は、運よくみつかり、お船観音もしっかり拝めました。
ちなみに慧海の数珠はないままですw
23番の駐車場で外した後、違うことに意識がいってそのあと覚えてません。
どっかにしまったのか、その場で落としたのか、持ち歩いて落としたのか。

時間がないので、慧海の数珠探しもせず、酒蔵見学
4種類程きき酒させてもらって、2017年の新酒買いました。

■巡礼終わりの宴会
巡礼中は禁酒ということで飲まなかったんですが、終わったんで
ホルモンつまみにお酒です。
人気店でずが開店20分後位について、30分ほど待ったら入れました。
臭みのない豚ホルモンに独特な付けタレがよくあっておいしかったです。

あとはお土産かって帰宅です。

■巡礼をおえて
前回も書きましたが、観光って感じがつよく、
あまり、やりきった感とかでてこなかったです。
峠越えて、終わりだったら違ったんでしょうかね。

どちらかというと、終わった感より、親にもらった数珠無くしたのと、
御朱印軸の表装をどうしようかな って感じです。
この2点が解決しないから未消化感があるのかもです。

一人で回ったら違う心象がみえるのかもしれませんが、
一人だったら、面倒になって半分もまわってなかったかもしれないし、
面倒だからこそ、車中泊して一気に終わらせてたかもしれません。

誰かに合わせられるところ、合わせられない所がみえた巡礼でした。

あと、今の仏教寺院は風景で、救いの宗教力はほぼ感じられませんでした。
地域と先祖のお寺さんで、地元の憩いの場所っぽくはありました

苦悩する人が新新宗教に集まるわけですよね

僕が学んだ真宗は、善久先生を通して、清沢満之や曽我量深といった巨匠の
今の人間をみた教えにであったからよかったものの、
密教祈祷や観光座禅の道にすすんでいたら、今でも他人や運勢を恨んで
神社仏閣巡りして、お札もらったり、座禅体験したりしてたかな
なんて感じました。


これで、秩父巡礼の記録を終わりにします。

南無阿弥陀仏